大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(う)1647号 判決

被告人 関根登雄 外三名

〔抄 録〕

事実誤認を主張する所論について考えてみるに原判決は、被告人ら七名が発した脅迫的言辞としては、西田元治が大室春吉方玄関前において「社長出て来い、今夜はこのままではすまされないぞ、暴力団を雇つただけの度胸があるなら出て来い」と怒鳴つたこと及び被告人家泉が同じく右玄関前において「出て来いというんだよ」と怒鳴つたことが認められるだけであるとしたうえ、両名の右発言が脅迫行為として違法性を有するか否かにつき検討し、当該の場合の具体的事情に徴すれば右の程度のことは労働組合法第一条第二項本文にいう正当な争議行為であつて刑法第三十五条により違法性が阻却され罪とならないと結論しているのであるが、原判決が挙示する関係証拠に当審における証人伊東象一、同小川辰二、同大室英二、同増田武、同大室春吉及び同伊藤留治の各供述を総合すると、その際に被告人ら七名が発した脅迫的言辞として個別に確認できるものは、原判決認定の程度を出ないものと認められるが、右のほかに被告人らの背後にいる多数の支部員等が労働歌を高唱したり喚声をあげたりすること及び被告人ら七名としても口々に「社長を出せ」とか「暴力団を出せ」とかと発言怒号することがあり、しかも以上の発言怒号等はそれだけが単独に行なわれたものではなく、原判決認定のとおりの被告人ら七名のガラスを破壊する行為及び竹棒をもつて雨戸を叩く行為等と入りまじつて前後約四十分の長きに亘つて行なわれたものであつてそれらの行為は、全体として、屋内にいた社長大室春吉をしてその身体及び財産に危害を加えられるかも知れないと畏怖させるに足りる害悪の告知ということのできる気勢を形成していたことを認めるに十分である。これを被告人ら七名の犯意の点からいつても、被告人らが小林勝次の負傷をもつぱら大室春吉方警備員の暴行によるものと考えて憤慨し、右春吉方門内玄関前に立ち並んでいた伊東象一ほか二名の警察官に対し犯人の即時逮捕を要求したが、右警察官がなんらの処置をもとらなかつたためいよいよ激昂するに至つたものであることは、原判決挙示の証拠並びに原審における分離前の共同被告人西田元治同高村猛の原審公判における各供述により首肯できることであるが、たとえ激昂していた場合であつても、大室春吉方居宅の器物を損壊するような行為は右要求を貫徹するためには全く必要のない行為であること、ことに被告人らの損壊行為が、警察官の背後にあつた玄関ガラス戸のガラスを破壊したにとどまらず、玄関の南側にある応接室のガラス戸のガラスを竹棒で叩いて破壊し、玄関より八畳の室を隔てて東北隅にあつた三畳の室のガラス戸のガラスについては大谷石を投げこんでこれを破壊する等のことにまで及んでいることに徴すると、それが激昂の余り反射的に即ち無目的になされた行為であるとは到底認められず、右のことに、前記西田及び同高村の原審公判における各供述並びに当審における分離前の共同被告人高村の供述により、昭和三十五年三月以降被告人らのいわゆる暴力団即ち警備員を雇い入れて被告人ら第一組合員の行動を制圧すると共に第二組合員を大室春吉居宅に宿泊させる等して生産を継続していた社長大室春吉に対する被告人らの反感、憎悪の感情の並々ならぬものであつたことがうかがわれることも考え合わせてみると、かねてからの憎悪の感情にかられるの余りその機会にガラスを破壊する等して大室春吉に威圧を加える意図をもつて前記のとおりの損壊行為にまで及んだものと認めることが相当であり、以上の事実をもつてすれば、被告人らの行為は、それが行われるまでの一切の状況及び行為の具体的態様にかんがみ、これを正当視する理由のない違法性のある行為であつて、共同してかつ多衆の威力を示して大室春吉所有の器物を損壊すると同時に共同してかつ多衆の威力を示して大室春吉を脅迫したものとして、暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条第一項違反の罪を構成するものといわなければならない。

以上の次第で、原判決が、被告人らに対する昭和三十五年六月六日付起訴状記載の公訴事実のうち共同してかつ多衆の威力を示して伊藤留治を脅迫した事実を認めることができないとしたことは、これを確認するに足りる証拠がないから、事実を誤認したものということはできないが、共同してかつ多衆の威力を示して大室春吉を脅迫した事実を認めることができないとしたことは、事実を誤認したものというべきであり、この事実の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、右の点に関する論旨は理由があり、その余の控訴趣意に対し判断するまでもなく、原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百八十二条により原判決を破棄し、同法第四百条但書に従い当裁判所が更に判決する。

当裁判所の認定する事実は次のとおりである。

第五 被告人ら第一組合員は、第二組合員が昭和三十五年四月二十五日以降社長大室春吉の居宅に籠城して就業するようになつたので、会社側役職員及び第二組合員が出入りする社長居宅の正門前にピケを張ることとし、同年五月一日早朝から熊谷市宮本町七十六番地の社長居宅正門前に有刺鉄線を張つた木製可動式のバリケード二基を置き第一組合員を附近の路上に配置してピケを張つたのであるが、同日午後七時四十分頃西田元治及び持田芳夫が二十数名の第一組合員等と共に同所においてピケを張つていた際に、集金のために外出中であつた同会社取締役増田武及び外出中であつた第二組合書記長大室英二の両名が警備員三名に護衛されて社長居宅に入ろうとしてバリケードの前にやつて来たので、待機中の第一組合員等が総立ちとなつてバリケードを閉ざすと共に、西田元治は増田の前に立ち塞がりほか数名の者と共に同人を取り囲み、持田芳夫においてもほか数名の者と共に大室英二を取り囲み、右両名をそれぞれ押し戻すと共に、第一組合員の一部の者はバリケードを押えて両名の入門を阻止しようとしたため、右両名に対する囲みを解きバリケードを開いて両名を入門させようとする警備員等ともみ合いとなつたが、門内から出て来た別の警備員等によつてバリケードの一基が持ち上げられその北側が道路の方に押し出されたため、それによつて生じた間隙から両名が門内に入つてしまい、その際南側の門柱の傍にいてバリケードを押えていた第一組合員小林勝次がバリケードと門柱の間にはさまれたような状態になり、バリケードの有刺鉄線に触れて負傷したうえ、会社側の警備員により道路上において押えつけられるという事態が発生したので、かねてから会社側の警備員に対し憎悪の念を抱いていた第一組合員等は、右小林の負傷をもつぱら警備員の暴行によるものと考えて憤慨し、社長大室春吉に対し右のことについて抗議するため及びその場に居合わせた警察官に対し小林を負傷させた犯人の逮捕を要求するため直ちに社長居宅の玄関前に殺倒した。被告人関根、同家泉、同小暮及び同小林はその際前記西田持田その他の第一組合員と共に右玄関前に行き、その頃右玄関前に駈けつけて事態を知つた高村猛並びに西田及び持田と共にその頃には人数が増えて四、五十名位にもなつていた第一組合員等及びその家族達の先頭に立ち、右玄関前に玄関ガラス戸を背後にして被告人らと向い合つて立ち並びいきり立つ第一組合員等を制止していた伊東象一ほか二名の警察官に対し、口々に「社長を出せ」とか「暴力団を逮捕しろ」と怒号して犯人の即時逮捕を要求したが、警察官が直ちに被告人らの要求する処置をとろうとしなかつたので、いよいよ激昂し、かねてから警備員を雇い入れ第一組合員の行動を制圧して争議を有利に導いて行こうとしている社長大室春吉の態度に対し激しい憎悪の念を抱いていたことも加わつて、ここに被告人らは前記西田、持田及び高村とその場において暗黙裡にその意思を一にして社長居宅のガラスを破壊する等して大室春吉に威圧を加えようと企て、労働歌を高唱したり喚声をあげたりして気勢をあげている第一組合員等四、五十名の者を背後にして、高村が玄関外側ガラス戸の最下段南側ガラス一枚を足で蹴つて破壊したのに引き続き、持田において玄関外側ガラス戸の上より二段目南側ガラス一枚を竹棒で叩いて破壊し、被告人家泉において玄関内側ガラス戸の上より二段目及び三段目の北側ガラス二枚を竹棒で叩いて破壊し、西田において玄関南側にある応接室の東側の南より二枚目のガラス戸の下段ガラスのうち四枚を竹棒で叩いて破壊し、被告人小暮において右応接室の東側の南端のガラス戸の上段ガラスのうち三枚を竹棒で叩いて破壊し、被告人小林において右応接室の東側の南より三枚目のガラス戸の下段ガラスのうち二枚を竹棒で叩いて破壊し、被告人関根において玄関より八畳の室を隔てて東北方にある三畳の室の外部から同室内に大谷石一個(東京高裁昭和三七年押第六四一号の1)を投げこんで同室東側の南より二枚目のガラス戸の最下段ガラス一枚を破壊したほか、右破壊行為が断続的に行われている途中において、西田が玄関前において「社長出て来い、今夜はこのままではすまされないぞ、暴力団を雇つただけの度胸があるなら出て来い」と、被告人家泉が同所において「出て来いというんだよ。」と、それぞれ大声で怒鳴り、前記のとおりの破壊行為等と相俟つて、大室春吉に対しその身体及び財産に対し危害を加えるかも知れないという気勢を示して同人を畏怖させ、もつて七名が共同してかつ多衆の威力を示して大室春吉所有の器物を損壊すると共に七名が共同してかつ多衆の威力を示して大室春吉を脅迫したものである。

(栗本 上野 赤塔)

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